雨が降っていた。

 教室の窓が、たくさんの雨粒でキラキラと光っている。

 雲間から微かに光が射して、照明を落とした放課後の教室にはどこか幻想的な雰囲気が漂っていた。



 丁度、一年前。

 あの日も、雨が降っていた。

 あの日も、私はここに居た。

 




   
『秋雨』






 特別教室ばかり集めた特別棟は、放課後ともなれば足を向ける生徒も皆無で完全に人の気配が消える。
 
 その静かな室内で、私は一人雨の音に耳を傾けていた。
 
 高校に入学してから、実家の都合で一人暮らしを始めてもう二年半。

 二度目の一人きりの誕生日。

 友達からの誘いは、とてもうれしかったけど断った。
 
 楽しい時間を過ごした後に、一人きりの部屋へ帰るのが嫌だったから。

 後で寂しい思いをするくらいなら、最初から一人でいい。

 そう、思ったから。

 机に座って窓から外を眺めていると、テニスコートが目に入る。

 ナイター設備の整ったそこでは、いつもは暗くなってもテニス部員達が練習を続けているけど、今日は雨のため中止らしい。

 いつからか、放課後のテニスコートを眺めるのは日課になっていた。

 いつも、ここからという訳ではないけど。

 ただ、彼の顔が見たくて。

 同じクラスにいて、あまり話した事もないけど・・・ただ、見ていたくて。

 (ふぅ・・・・・・・・・・)

 一つため息をついてテニスコートをぼんやり見ていると、傘を差した人影が見えた。

 傘の下からのぞく少し寂しそうな背中が気になって、気付けば視線を外せなくなっていた。

 (・・・・・・・・誰だろ?)

 窓に張り付いてじっと見つめていると、その人影はしばらくコートの方を向いて立ち止まっていたかと思うと、突然くるりと方向転換して顔を上げた。

 (跡部・・・・・くん?)

 私が驚いているのと同じように、跡部くんも私を見て固まっていた。

 しばらく見つめ合っていると、彼が私より一瞬早く我に返った。
 
 そして私に何か話しかけている様子だったが、窓と雨の音のせいで聞こえなかった。

 「?」

 私が耳の後ろに手を持っていって「え?」という仕草をすると、跡部くんは「チッ」と舌打ちするような表情をして、特別棟の入り口の方へ歩き始めた。

 

 

 
 ガラッ、と音がして教室の扉が開いた。

 「・・・・・・・・・・お前、何してんだよ。こんな時間まで」

 と、同時に聞かれたその言葉に、私は戸惑った。

 私と彼は同じクラスにいても普段からあまり話すような仲じゃないし、それになにより・・・・・・・・・・彼の前に居ると緊張してしまって、上手く話せなくなる。

 なんでかって聞かれたら、それはやっぱり・・・好き、だから。

 「・・・・・・・・・・聞いてんのかよ?」

 「あ、うん。聞いてる聞いてる」

 私が慌てて言葉を返すと、彼は少しため息をついて言った。

 「で、何してんだよ。こんな時間まで」

 「・・・・・・・・・・こんな時間?」

 私は聞き返すと時計を探した。

 「もう七時だぜ?」

 「えぇ!?」

 言われて、ようやく見つけた携帯電話のディスプレイに目を落とすと、本当に時刻は七時を回っていた。

 私がここに来てから既に三時間経っている。

 「・・・・・・・・・・な、何してたんだろ?」

 はは、と乾いた笑いをこぼして私が言うと、彼はため息をついた。

 「・・・・送ってやるから、早く仕度しろ」

 「・・・・・・・・・・・・・・え?」

 聞こえた言葉が信じられず、私は思わずそう聞き返してしまった。

 「・・・・・・・・・・お前、人の話聞いてねぇだろ?」

 「聞いてるよっ、聞いてるってばっ」

 でも、もう一度言ってくれるとありがたいのですが・・・・・・・・・・、と私が言うと彼は再びため息をつく。

 「送ってやるから、早く仕度しろよ」

 「・・・・・・・・・え、えっと・・・ありがと、でも一人で大丈夫だし、気持ちだけもらっとくね」

 そう言って私が笑うと、彼は眉を寄せた。

 「俺じゃ不満なのかよ?」

 「いや、そんなことないよっ、でも、あのさ・・・・・・・・・」

 迷惑なんじゃないかとか、遠回りになってしまうんじゃないかとか色々考えて私が言いよどんでいると、彼は私のカバンを掴んで「行くぞ」と歩き出してしまった。

 「あ、あの・・・・・・ありがと」

 私が言うと、彼は振り返って少し笑った。

 「早くしろよ」

 そう言われて、私は小走りで彼に追いつくとその隣を歩き始めた。






 「粗茶だけど・・・・・・」

 私がそう言って緑茶を彼の前に置くと、彼はいつの間にか手にしていた本を私に見せて言った。

 「あぁ、ありがとよ。・・・・お前、コナン・ドイルなんて読むのか?」

 「う、うん・・・ホームズシリーズが好きで・・・・・」

 雨の中送ってもらってそのまま帰すのも・・・・・・・と思い「お茶でも」と誘ってみたが、まさか実際こういう展開になるとは思ってもいなかった。

 「あ、あの・・・・ケーキもあるんだけど、食べる?」

 冷蔵庫の中には、今朝母親から届いたケーキが眠ってる。
 
 一人暮らしの娘に大きなケーキをワンホール丸々送りつけるなんて、一体どうしろと言うのだろう・・・?

 「あぁ・・・・お前、今日誕生日だったな」

 「え!?」

 返された言葉に、私は心底驚いた。

 なんで知ってるの!?

 「教室であれだけ派手に祝われてりゃ、気付くだろうが」

 「あ・・・・・・そうか」

 私は今朝の出来事を思い出して、頬が赤くなるのを感じた。

 今朝、私が眠い目を擦りながら教室の扉を開けると、待ち受けていたのは大量のクラッカーだったのだ。

 いきなり、パンパンパーンッ、と音が鳴って、次の瞬間「ハッピーバースデー!!」と言う友達の声で我に返ると、目の前には大量の紙吹雪があった。

 あれを、見られていたのか・・・。

 「お前・・・・・何で、あんな所にいたんだ?」

 「え?」

 突然、テーブル越しに青い瞳が全てを見透かすかのように私を見つめた。

 「帰りに達に誘われた時、用事があるって言ってただろ?」

 「あ・・・うん」

 「なんで、特別棟なんかにいたんだ?」

 言われて、答えに窮した。
 
 だって、なんて答えていいかわからない。

 「誰かと、待ち合わせてたんじゃねぇのか?」

 「いや、そうじゃなくて・・・・その、一人に・・・なりたくて」

 私が答えると、跡部くんが怪訝そうに眉をしかめた。

 「なんていうか・・・・・・寂しいから。楽しいコトがあった後、一人になると・・・」

 だから・・・と、私が言うと、跡部くんが突然微笑んだ。

 いつもと違う・・・あんまり優しい顔で笑うから、私は急に居心地が悪くなった。

 「あ、あのさ、跡部くんこそ何でテニスコートにいたの?」

 「あーん?」

 私はテニスコートで見た少し寂しそうだった背中を思い出して、思わずそう聞いていた。

 「・・・・・・・・もしかして、落ち込んでたとか?」

 私の言葉に跡部くんがクッ、と笑った。

 「・・・・・・・・そうかもな」

 「部活のこと?」

 私は跡部くんでも落ち込む事なんてあるんだー、と半ば感心して続きを促した。

 「違ぇよ」

 「じゃあ、失恋?」

 言ってから、ありえない・・・と思った私が、そんなことないよね・・・と続けようとすると、それを遮って跡部くんが言った。

 「あぁ、似たようなもんじゃねぇか?」

 「え!?」 

 テーブルをひっくり返す勢いで驚いた私に、跡部くんが眉をひそめた。

 「なんか文句あるのかよ?」

 「だって・・・まさか跡部くんが・・・・・・」

 失恋?

 私は、胸がキュッと痛むのを感じた。

 (好きな人・・・・・・居たんだ)

 「まぁ、勘違いだったみたいだけどな・・・」

 「え?じゃあ・・・・付き合うの?」

 頑張って笑顔を作るけど、上手くできているかわからない。

 ただ、今は早く一人になりたくて・・・だから一生懸命笑顔を作った。

 どんな顔もずっと見ていたいくらい大好きなのに、今は辛い。

 「さぁ?・・・・・・・・・それは、相手次第じゃねぇか?」

 「そ、そうなんだ・・・おめでとう、よかったね!」

 私がそう言うと、跡部くんは急に真面目な顔で私を見た。

 「本当に、そう思うか?」

 え?

 「・・・・・・俺が、他の女と付き合ってもお前は平気なのか?」

 試すように聞かれたその言葉に、私は戸惑った。

 「俺は、今日達の誘いを断るお前を見て、男がいるかも知れねぇって思った時・・・」
  
 目の前が暗くなった・・・、なんて小さく呟かれて、私はどうしていいかわからなくなった。

 だって・・・。

 「・・・・・それって、どういう意味?」

 言いながら、涙がこぼれてくるのを感じた。

 そのまま跡部くんを見つめていると、彼はフッ、と笑って言った。

 「泣いてんじゃねぇよ・・・・・・そんくらいお前の事が好きだって言ってんだよ」

 少しぶっきらぼうに、だけど優しく響いたその言葉に私はさっきよりもずっと胸が痛むのを感じた。

 「・・・・・・・・・・・・・私も、好き」

 落ちてくる涙を止められないまま私が呟くと、跡部くんは私の肩を抱きしめて・・・・そして初めてのキスをくれた。

 「・・・・・浮気なんかしたら許さねぇからな」

 少し笑いながら告げられた言葉に、私も笑って返した。

 「それは跡部くんの方だよ・・・・浮気、しないでね?」

 お願い・・・、と私が呟くと跡部くんが目を眇める。

 「景吾、だろ?」

 私の肩を抱いたまま私の髪の毛を梳いていた跡部くんの手に、ギュッと力が入るのを感じた。

 「へ・・・?」

 そして次の瞬間には、耳元で囁かれる。

 「景吾、だろ?」

 腰が砕けそうになった。

 ・・・・・・なんで、声までこんなにかっこいいのだろう。

 「・・・・・・・

 名前を呼ばれて、ハッと我に返る。

 多分真っ赤になっているであろう顔を見られたくなくて、私は少しうつむくと答えた。

 「なに?け・・・・・・・・・・・・・け、景吾」

 誰かの名前を呼ぶのに、こんなに照れたのは初めてだ。

 それだけ・・・・・・・好きなんだって、伝わったかな?

 しばらく景吾の胸に顔を埋めて黙っていると、景吾がとても大切なことを伝えるみたいな声で・・・言った。

 「俺が自分を見失うぐらい惚れるのは、今もこれからも・・・・・・・・・・お前一人だけだ」

 そして、まるで大切なものを包み込むみたいに抱きしめられて、私はその幸福感に眩暈を覚えた。



 「信じろよ」



 「お前一人だけだぜ―――――――」






      *






 ガラッ――――――――

 「・・・・・・教室で待ってろって言っただろ?」

 去年と同じように特別棟の窓から雨を眺めていた私に、景吾が呆れた表情で言った。

 「だって、ここが好きなんだもん」

 「・・・・・・しょうがねぇな」

 最初の内は怒られてばかりだったけど、私が言い出したら聞かないと知って、最近は景吾もあっさり引き下がってくれるようになった。

 「誕生日、だな」

 「うん」

 景吾がうなずいた私の手をとって、小さな箱を乗せた。

 「プレゼント?」

 私が聞くと、景吾はあぁ、とうなずいた。

 「ありがとう!!」

 お礼を言って、私がその箱を開くとキラキラと輝く指輪が現れた。

 「・・・・・・卒業したら、一緒に暮らしてくれ」

 「・・・・・・・え?」

 思わず聞き返してしまった。

 だって、うれしすぎて信じられない。

 本当に?

 本当にそう思ってくれてるの?

 「もう、お前を一人にはさせねぇよ」

 私の手の上の箱の中から指輪だけ取り出すと、景吾は私の左手をとってその指輪を丁寧にはめた。

 「黙ってるってことは、了解したってことだな?」

 私が左手の薬指にはめられた指輪を見つめていると、景吾が意地悪っぽく笑って言った。



 「ずっと、俺だけ見てろ」



 「よそ見なんかしたら、許さねぇからな――――――」 






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 茜サマ、誕生日おめでとうございますvv
 て・・・もう一ヶ月過ぎてるけど;汗
 遅筆ですみません(;−;)
 跡部さんで書かせて頂きましたが・・・・・・
 返品不可です!!!(←なにやら先走ってる・・・)
 茜には以前に、かっこよい乾先輩を書いてもらってるので
 精一杯頑張ろう!と思ったのですが・・・・・・
 お、思ったのですが・・・こんなもんでいかがでせうか?(>_<;)汗
 気に入っていただけたら光栄デス☆
 ということで、でわvv

               K 

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Kさまから頂いた誕生日お祝いドリームでしたvv
誕生日のお祝いにこんな素敵なドリームを頂けるなんて嬉しいです!!
1ヶ月でも2ヶ月でも待ちますよvv
「惚れるのは 今もこれからもお前一人だけだ―――」
って景吾さん!!あなたかっこよすぎです!(←すでに興奮状態)
ありがとうございました。大切に飾らせていただきます。

私も今がんばって千石君のドリを書いているので、もうしばらくお待ちくださいv
これからも仲良くしてやってくださいませ☆