気持ちの名前
”綺麗”
ふとすれ違う彼を見たとき、其れしか思いつかなかった。
薄い色素の髪と瞳は、光が当たると何とも言えない色に輝いていた。
うっすらと筋肉のついた体は、ラインがはっきりした細身だった。
まるで外国人のような整った顔立ちは、驚くほど綺麗で。
彼は、立ち尽くしてしまった私を少しも視界に入れずに去っていった。
それは当然のこと。
しかしまるで廊下に置き去りにされたかのような錯覚すら起きて、
一瞬此処ドコだったかと馬鹿なことさえ考えた。
彼のその心を動かしたくて必死な人はいくらでもいた。
しかし彼は意外にも誰にも振り向く事はなく、誰しもが彼の心を埋めている人
がいるのか、それは誰なのかと、そのことばかり気にしていた。
あれは去年の冬のことだった。
いつまで経ってもクラスで嫌いな奴が居た。
彼の名は跡部景吾。
いつも散々騒がれている彼の美貌は、私だって確かに認めていて。
でもあの頃の私はよく居るような可愛らしい態度ではなく、あの性格と態度は
どうにかなんないのか、なんて言ってて彼が嫌いだった。
あからさまに自分を避ける私の存在は、彼にしてみれば面白くも何ともなかっただろうな。
「…おい」
「…何。」
大袈裟に溜め息をついて返事をすると跡部も溜め息をついた。
「…お前そんなに俺が嫌いか?―施錠は?」
「…そう、嫌い。―私は日誌書くだけだから。」
「…話したことも無い奴に言われたくねぇな。―さっさとしろよ。」
「話さなくてもわかるでしょ。散々噂されてるんだから。
―日誌くらい私が出すから部活行けば?」
散々な憎まれ口を叩くと、彼は舌打ちして私が書き終わるのを待った。
何事もなく過ぎたあれは、そう。
あれは去年の冬のこと。
「ー??」
「何ー?」
友達が遊びに来た。
「ちょっと、聞いてる?」
「…聴いてる。」
…と思ったけれど、遊びじゃなくて頼みみたい。
「お願いだから渡してよー」
そう言って渡されたのは”跡部景吾様”と書かれた清楚な手紙。
返事なくていいから。読んで欲しいだけだから、と言うの言い分は、
あいつにとっては都合が良いんだろうけど。
私は極力彼には近寄らないように努力してきたんだから。
「嫌。自分で渡してよ。」
そうきっぱり答えると、は驚いたような表情をして。
普通に考えて私が断る理由なんて無いけれど、渡してあげる理由もない。
「仲が良いわけじゃ無いし」と断る。渡す気にはなんないの。
「そこをお願いしてるの!お願い、今週彼と週直でしょ?」
どこからか聞き出した最悪の情報を、当然のようには言う。
「ね?、跡部くんが好きなわけじゃないんでしょう? 」
どうしたらその発想にたどり着くかな。
私がアイツを嫌いだってことくらい知ってるくせに。
でも、そう聞かれて、「当たり前だ」と言い切ってしまって、
「それならいいじゃん!」と。
おとなしく彼女の手紙を受け取ってポケットに入れる。
また担任の所為で彼と週直をしなきゃいけない。
また同じクラスになって、またこの季節になって。
週直なんて、日替わりでいいじゃない、と心の中で呟いた。
しかもそれがもうちょっとでこいつと離れられると秒読みしてた最中だなんて。
やっと、中学最後の月で嬉しかったのに。
溜め息と共に、これから一週間どう接するつもりなのか、自問自答した。
話したくない。けど、話さなきゃ。
「よぉ」
「…おはよう」
いつまで経ってもクラスで嫌いな奴が居た。
彼の名は跡部景吾。
いつも散々騒がれている彼の美貌は、私だって確かに認めている。
一日の授業を終えて。
私は教室。彼も教室。
部のほうは引退してしまって帰る口実なんてない。
こいつは…行くんじゃないかな、テニス部に。引退なんて言葉なさそうだし。
というか、行って欲しい。
から預かった手紙…どこやったっけ…。
「さっさと書けよ」
「うるさいな。だったらアンタが書けば?」
日誌を書いていた私の頭上から浴びせられた冷たい言葉に、多少ムッと
しながらもそう告げる。
しかし彼は私の意見など聞く気なんて全然無いみたいで、突然目の前の
椅子にドカッと座ると肘を突いて窓の外を眺め始めた。
「初日からこんなんでいいのかよ?」
突然彼が話しかけてきたことにびっくりして体が震え、文字が震える。
消しゴムを取り出しながら私は小さく呟いた。
「…だったら明日はアンタがコレ書いてよね。」
「お前にそんな呼び方される覚えは無い。」
「なら明日は跡部が、これ書いてよね。」
小さく溜め息をついて”跡部”のフレーズを少し強調して言ってみる。
「冗談じゃない。自分で言ったんだろうが。」
其れ書くから俺は戸締りだけでいいって。
彼はそう呟くと寒い教室の中でマフラーを外す。
もうすぐ教室を閉める上、暑いなんてことはない、むしろ寒いのに。
はぁ、と一つ溜め息をついて考えるのは先週のこと。
あぁもう、何でまたこいつと一週間も一緒に週直をしなきゃなんないの。
そうは言っても、全てはあの変な担任のせいだ。
毎週くじ引きで週直決めるなんておかしすぎる。
嫌い。こいつなんか嫌い。
夕焼けの入ってくる教室の中で、黙々と日誌を書く。
いい加減毎日同じ作業は飽きてきた。
跡部は戸締りをするよりむしろ窓を開けて桟に寄りかかってボーっとしている。
つられて見ると外はもう夕焼けが広がっていて、これから闇へと姿を変える
までもう十分もないことが知れた。
チラと腕時計を覗くと部活終了まであと5分で、多少心配して
「部活行かなくてよかったの?」と尋ねると
「よくねぇに決まってんだろ」と返される。
ここ何日かのやりとりで、嫌な印象は多少消えた。
でもやっぱり先入観なんてのはそう簡単に消えるものではなくて。
「…」
「何。」
名前で呼ばれるのもまぁいいと思うようになったから。
「……け無いよな?」
「え?」
ボーッとしてた。
から預かった手紙が左のポケットで音を立てていて。
『ああ、そういうえば渡さなきゃいけないんだった』なんて呑気に考えてた。
「…携帯。」
「携帯が?」
「…出せ。」
いきなり何言い出すかと思えば、携帯を出せと。
そう言って窓から離れてツカツカと近寄ってきて、そうして私のストラップを
引っ張る。たった2個のストラップだけれど、どちらもにもらったもの。
唖然としていると勝手に操作されてポイと返されて、今度は何故かしゃがみこむ。
「…え、何?」
窓の桟までたどり着いた跡部の手にはあの手紙があって。
「…あ。」
声に出していってしまって、跡部は綺麗に封を切ると読み始めた。
「へぇ。これ誰?お前?」
「…違う。友達」
「当たり前だろ、名前明らかに違ぇよ。」
「わかってるなら言わないで。」
なんだか分からないけど凄くイライラしてきて、みっともない八つ当たり。
「…ふーーん」
跡部はそう言って中身だけ胸ポケットに突っ込むとまた私の名を呼ぶ。
「。」
「何。」
「来いよ。」
まだ書き終わって無いから嫌だと、そう告げるとまたしても跡部が近づいてくる。
「…何。何か大事なこと?」
「ああ。俺にとっては」
そう言われては仕方なくペンを置くと跡部の腕が私の頬を掠めていった。
え?
いつの間にかなくなった距離感に唖然としていると、「…返事。」と、それだけ
言って彼は教室から出て行く。
しばらくぼうっと立ったまま、時計の針が聞こえてくるまで思考は停止。
彼の言葉が頭に響く。
返事。それはきっとあの手紙のことで。
で、それが如何して自分にキスするのか…。
翌日からというもの、跡部は部活があると言って仕事は私に任せきりになった。
避けてる、と言ったほうが早いのかもしれない。
そしてそれにイライラしている自分もいた。
あれ以来話すどころかまず近寄りもしなかったのは私の方。
勝手にキスされて、嫌じゃないと感じている自分に戸惑って。
どんな態度で話せばいいのか、全然わからなくて。
そう心の中で腹を立てながらがしがしと日誌を書く。
「終わったか?」
「…跡部。」
「全部やらせて悪いと思ってんだぜ。だから最後くらいはと思ってな。」
「…じゃぁこれ書いて。」
もう書く気になれない。
モヤモヤしすぎて、自分で自分がわからなくなってきた。
「…あぁ、いいぜ?それくらい5分もありゃ書ける。」
前までは冗談じゃない、なんて鼻で笑ってたくせに、今度は5分もあれば
書ける、なんて。
こっちの身にもなれ。
あんたがあんなことするから、私どうすればいいのかわかんないんだから。
…本当は、もうわかってる。
きっと好きっていうことなんだろう、この気持ちの名前は。
あんなことをされて気づくなんて、とは思うけれど。
もうつまらない意地を張るのはやめようと思った。
けれど、そう決めた筈なのに、心は裏腹にそれを認めようとはしない。
「…おい。」
「……」
「…おい!」
「…え、あ、何?」
「ちょっとこっち向け。」
そう言って無理やり跡部のほうを向かされる。
またしても勝手に顎をもたれてしまって、小さく二度目のキスを交わすと
跡部は ニヤリと笑いながら言う。
「お前に言わせるために待ってたんだがな。待つのは性に合わなかった」
「俺が好きだろ?」
そこまで自信たっぷり言わなくても。
「なんで、そんな自信満々なのかな…」
「好きだろ?」
そう言って、笑う跡部の顔は、凄く綺麗で。
さっきみたいな嫌味な笑いじゃない。心から、笑っているようなそんな顔。
始めてみたけれど、この顔が一番好きだなと思った。
「……好き」
しょうがない、もう好きになったんだから。
そう腹をくくって小さく呟いた。
二人は寄り添い始めた。
どちらとも無く近寄り、握られた右の手はとても暖かくて、まだ間に合った
ことを知らせていた。
いつまで経ってもクラスで嫌いな奴が居た。
彼の名は跡部景吾。
一年かけて私の心は、溶けていった。
嫌いだったはずのあの人は、もう立派に、好きな人。
END
茜サマへ
どうぞ、こんなんでよければ貰ってください。
初めてどりぃむなんてものを書いて気づきましたが、やっぱり私は文才なんて
もの持ち合わせてないので、お手数ですが気に入らないところは変えてくださいUu
季節が好きで、その中でも秋冬は特別好きです。
だからなんか駄文を書く時は春夏より秋冬が多いみたいで。
しゅう 2004/10/18
しゅう様から頂いた、景吾さんドリームですv
ラジプリを毎週撮る代わりに、こんな素敵なドリームを書いてくださいました☆
本当にありがとうございます!!
景吾さんとってもかっこいいですvv
最初は嫌いだったけど、今ではもう好きな人vv
景吾さん、大好きです!!(壊れてます・・・)