開け放った窓をすり抜ける風が、金木犀の薫りを運んで。

    訪れた秋が僕の部屋をほのかに染めていく、真夜中の少し前。

    少し冷たい秋風に踊るカーテンを開いて、隣の家に瞳を向けると。

    の部屋の柔らかな灯りが、月夜に浮かぶ舟みたいに見えた。

    

    部屋の主の笑顔を想わせるようなハチミツ色の灯りが。

    眠れない夜を持て余した、僕の想いを照らし出すようで。

    僕は携帯を手に取って、デジタルの数字が作る真夜中へのカウントダウンを確認すると。

    躊躇いがちに短縮ダイアルの1番を押して、窓の向うを眺めた。

 

    「―――どうしたの?周助」

    3回目のコールで、柔らかなソプラノが耳に流れて。

    その響きだけで、僕の胸の闇には今夜の月よりも明るい光が差し込んだ。

 

 

 

 

              
 『眠れぬ夜は、君のせい』

 

 

 

 

    「遅くにごめんね、。・・・部屋の灯りがまだ点いてたから」

    「ううん、まだ眠くないから平気。

     周助は?まだ寝ないの?」

    「僕は何だか眠れなくて、ね。

     も眠れないのなら、一緒に庭で月でも見ない?

     今夜は綺麗な満月が出てるから」

    「満月―――ほんと?」

 

    声とともにの部屋のカーテンが開いて。

    のセピア色の瞳が僕と満月を捉えると。

    開いた窓と携帯から、明るい声が同時に聴こえた。

 

    「そういえば、今日は十五夜だっけ?

     本当に綺麗ね、ちょっと夜更かししてお月見しよっか」

    「うん。僕の家の庭で見よう?

     の家の前まで、今迎えに行くよ」

    「隣のお家なんだから、お迎えなんていいのに」

    「駄目だよ。満月の夜なんだから、狼男にが攫われたりしたら大変じゃない」

 

    ただ、早く逢いたい―――そんな気持ちを悪戯な言い訳に包み込んで。

    くすくす笑うの声を味方につけて、僕はの家の前へと急ぐ。

 

    すぐに玄関のドアが開いて、出てきたはティーセットを乗せたトレイを掲げて微笑んだ。

    「これね、カモミールティーとチョコレート。

     折角のお月見だから、ね」

    「ありがとう、

 

    からトレイを受け取って、僕は庭のテラスへとを誘う。

    テラスのテーブルにトレイを置いて、白いチェアにと並んで座って。

    見上げた紫色の都会の空は、一人で見上げてた時よりも随分綺麗に見えた。

 

    

    「カモミールティーとチョコレート。

     どっちもリラックス効果があるみたいだから、よく眠れるようになるかなって想って。

     周助、眠れないってどうかしたの?」

 

    カモミールティーの林檎にも似た爽やかな香りと、チョコレートの甘い香りが。

    満月が照らし出す秋の夜空に吸い込まれていく。

 

    一口飲んだカモミールティーは、の笑顔みたいな優しい香りがした。

    「どうしてだろうね?どこか悪いわけじゃないんだけど」

 

    本当は、理由なんて解ってる。

    眠れない夜の理由はいつだって。

    、君なんだから―――

 

    瞳を閉じると、の笑顔が浮かんで。

    その甘いソプラノが聴きたくなって。

    今、は何をして何を想ってるのか―――そう想うと。

    逢いたくて、逢いたくて、逢いたくて。

    胸がざわめいて、苦しくて。

    眠れなく、なる。

    

    綺麗な満月なんて、ただの口実。

    僕が見ていたいのは、

  

    「、寒くない?」

    「ちょっとだけ―――もう秋ね」

    立ち上がって、セーターをの肩にかけて。

    そのまま後ろから抱きしめると、の頬が林檎みたいに色付いた。

 

    「これなら僕もも寒くないから」 

    「うん・・・ありがと、周助」

 

    寒いなんて、ただの口実。

    僕はただ、に触れたかっただけ。

 

    ねぇ、

    夏の始まりに君と見上げた、西に傾き始めてる七夕の星座達は。

    眠れない夜をどうやって過ごすのかな?

    彼らと違って僕達は、明日も逢えるって解ってるのに。

    僕は本当に、わがままだよね。

 

 

 

    「ねぇ、周助」

    「うん?」

    「お月様、欲しいな」

    

    不意にの唇から零れた言葉があんまり可愛いから。

    思わずクスクスと笑みを零すと。

    はほのかな林檎色の頬を膨らませて僕に振り返った。

 

    「今、わがままって思ったでしょ?」

    「ごめんごめん、そんなつもりじゃないよ。

     可愛い事言うなって想っただけ」

    「だって、あんまり綺麗なお月様だから―――」

    「そうだね。

     だけど―――」

 

    手の届かない月を欲しがるがわがままなら。

    僕は一体どれだけわがままな事になるんだろう?

 

    好きで好きでたまらない、大切なと想い合って。

    フィアンセの約束まで、交わす事が出来て。

    

    僕にとってそれは。

    月を手に入れるよりも、大きな幸せ。

 

    だけど。

    月に手が届いた、その後は。

    手が届いただけじゃ、満足出来なくなって。

    

    眠れない夜に、どうしても逢いたくなって。

    逢えたら、触れたくなって。

    触れたら、離したくなくなってしまう。

 

    「よりも僕の方が。

     ずっとわがままだと想うよ」

 

    抱き締める腕に優しく力を込めて。

    僕は五月蝿い鼓動を、の背中にそっと伝えた。

    

    「遅くに呼び出したりしてごめんね?

     月が見たいなんて、ただの口実。

     に逢いたくて仕方無い、僕のわがままだったんだ」

 

    真実を伝えたら、は呆れてしまうかな?

    だけど嘘を付き通すには、今夜の月の光ははあまりに清らかで。

    真っ直ぐなの瞳はあまりに綺麗だったから―――

 

 

    「―――周助」

 

    けれど、聴こえたのソプラノは。

    呆れるでも、怒るでもない優しい音色。

 

    嬉しそうな、照れたような柔らかい笑みが秋の夜空に零れて。

    は僕の胸に、そっと顔を埋めた。

 

    「嬉しいな、周助がわがまま言ってくれるのって」

    「・・・?」

 

    は僕の左胸が奏でるリズムを聴きながら。

    心地良いソプラノで、ゆっくりと続ける。

 

    「周助は昔からずっと。

     頭が良くて、行動力があって、人望が厚くて。

     だから何時だって、人のわがまま聞いてばっかりじゃない?」

 

    ―――ねぇ、周助。

         「ワガママ」って、『我がまま』―――心のままに生きるって意味でしょう?

         だから周助が心のままに生きられるように。

         いっぱいわがまま、言って欲しいの―――

 

 

    心のままに、我がままに。

    君を求めてしまう僕を。

    、君は。

    そんなに綺麗な笑顔で受け入れてくれるの?―――

        

   

    気がつけば、僕は。

    を強く強く、抱き締めていた。

 

    が苦しくないように、痛くないように。  

    いつも胸のどこかにあったそんな配慮さえ、どこかに置き忘れて。  

    ただ心のままに、我がままにを強く抱き締めていた。

 

    「ごめん、。苦しかったよね?」

    腕を緩めようとした僕の背中に、はしなやかな腕をそっと回して。

    「苦しく、ないよ。何だかとっても嬉しいの―――」

    そんな可愛い事を言うから。

    僕は留まる事を知らず、に堕ちていく。

 

    我儘に、我がままに。

    ねぇ、

    僕はもっともっと、君を好きになるよ―――

    

 

 

    「ねぇ、

     にこの月をあげる。

     だから、僕のわがままをもう1つ聴いてくれる?」

     

    甘いぬくもりの中で、僕がそっとの耳元に告げると。

    「お月様を、取ってくれるの―――?」

    は不思議そうな瞳で僕を見上げた。

    「うん、にあげるよ」

 

    僕は、の身体に回した腕をそっと離して。

    カモミールティーの水面が揺れるティーカップを手に取ってに見せた。

    「見てごらん?」

 

    が覗き込んだティーカップには。

    ハチミツ色の水面に銀色の満月が揺れていて。

    はその幻想的な波間に甘いため息をついた。

    「ね?満月を掴まえられたでしょ」

    「綺麗―――

     お月様をティーカップで掴まえちゃうなんて」

    

    満月よりも綺麗なの笑顔に、僕も笑みを1つ零して。

    それから片腕での肩をそっと引寄せて、僕はティーカップに唇を当てる。

 

    「この月―――全部、にあげるよ」

 

    僕はティーカップのカモミールティーを飲み干して。

    僕の唇からの唇へと。

    僕の想いと銀色の月の輝きを、にゆっくりと注いでいく。

 

    「―――周、助・・・」

    名残惜しい唇を離したら。

    の頬は林檎よりも紅く色を深めていて。

    月を味方につけたは、何時にも増して輝いて見えた。

 

    「これで月はのものだよ。

     ねぇ、。僕のわがまま、言ってもいいかな?」

    「―――うん」

 

    僕はテーブルのトレイからひとつ、チョコレートを一粒取ると。

    それをに見せて、言葉を続ける。

 

 

    「今年のバレンタインは離れ離れだったから。

     から今、チョコレートを貰ってもいいかな?」

 

    「そんな簡単な事?」

    のセピアの瞳が、驚いたように僕を見上げて。

    それから形の良い唇が、嬉しそうに応えた。

 

    「勿論、いっぱいあるからたくさん食べてね?」

    「―――ありがとう、

 

 

    けれど、僕がチョコレートを持っていったのは僕の唇じゃなくて。

    の、甘い唇。

 

    「・・・周助?」

    僕を見上げたの瞳に、銀色の満月が映ってたけど。

    今は僕だけを見て欲しいから。

    の瞳に僕だけが映るように、もっとに近づいて。

    僕はもう1つのわがままをに強請った。

 

 

    「よく眠れるように。

     甘いおやすみのキスが、欲しいんだよね」

 

 

    「え?キスは今―――」

    「うん、だけどもう一回・・・何度でも、欲しいんだ」

 

    チョコレートをの唇に届けて、味わったものは。

    カモミールフレーバーとは違う、全てを味わい尽くすような激しい口付け。

    チョコレートには「媚薬」の成分が入ってる―――何時だったかのの言葉を思い出すような。

    そんな甘い眩暈に。

    僕たちは時が経つのも忘れて、夢中で口付けを交わした。

 

 

 

 

    「眠れない夜は、のせいだよ」

    今度は醒めそうにない熱を持て余して。

    僕は部屋の窓からの部屋の灯りを見つめて、独り苦笑する。

    

    カモミールティーも、チョコレートも。

    眠りを誘うつもりが、僕の思いを深く呼び覚ましてしまったから。

    に触れてた腕が、肌が、唇が熱を帯びて。 

    吹き抜ける秋風さえ、今は心地よく感じる。

 

    「逢いたくて眠れなかったはずなのに。

     逢えばもっと眠れなくなるなんて―――ね」

 

    『ねぇ、周助』

    『うん?、どうしたの?』

    『あたしもおやすみのキスが欲しいの。

     ―――夢の中でも、逢えるように』

 

    夢の中で出逢うために交わした口付けが。

    僕を夢から遠ざけるから。

    僕は、今夜とても眠れそうにないけれど。

 

    「おやすみ、―――」

    灯りが消えたの部屋に、僕はそっと笑顔を贈って。

    が夢で逢うのは、僕であるように―――と。

    新しいわがままをひとつ、僕を見下ろす満月に呟く。

 

 

    銀色の空の鏡に、愛しい笑顔を映して。

    夜が明けるまで、恋焦がれるひとを想う今宵。



    

    眠れない夜は、君のせいだよ―――



 
 

                   2004.9.21

                   written by ラム






                                                 茜さまに捧げますv『バレンタインキッス』お礼ドリームv
                                                 リクエストは『周助さんで甘甘v』・・・甘すぎですか?(苦笑)
                                                 ラムが景吾さんの『バレンタインキッス』が聴きたいとハニラボで喚いていた所、
                                                 茜さんが心優しくもCDを送ってくださって!!
                                                 せめてものお礼にと書いたドリームです。
                                                 『バレンタインキッス』をムリにでも反映するためにチョコをねだる周助さん(笑)
                                                 これから書く景吾さんの『バレンタイン』は100%ギャグになると想われますので、
                                                 真面目バージョンをあらかじめ周助さんで賄ってみました・・・駄目??
                                                 バレバレだとは思いますが、タイトルはラムの大好きな曲からv
                                                 ドキドキする周助さんに、皆様に少しでもドキドキしていただければよいのですが。

                                                 茜さんvv本当にありがとうございましたv
                                                 こんなドリームでよかったら貰ってやってくださいませ!
                                                 これからもハニラボともども、ラムと仲良くしてやってくださると嬉しいですvv
                                                 飲み会、しようねvv(参加者募集)
                                                            




ラムさまから「バレンタイン・キッス」のお礼という事で素敵ドリームを頂いてしまいました!!
テニプリの25巻を読んで、また周助さん病が始まってしまったので、ラムさんに周助さんを
リクエストさせていただきましたv
周助さんとラブラブーー!!キャー!!(うるさい)
本当に甘甘で書いてくださって嬉しいですvv
読んでからというもの、顔がにやけっぱなしで・・・。
周助さん大好きですv
周助さんのわがままなら、どんなものでも受け止めてみせます!!(笑)
ラムさん、本当にありがとうございました☆
大切に飾らせていただきますv

こちらこそこれからもよろしくお願いしますm(__)m