まだ・・・・・・

まだ―――――

もう少し

もう少しだけ

君が来るまで―――――




早く・・・・・・

早く―――――

エレベーターが来る前に

あの人が、乗り込んでしまう前に―――――









  
エレベーター










学校の帰りに、いつも通りかかる花屋の店先。

見慣れないサボテンを見つけて足を止めると、店内から出てきた女の子と目が合った。

エプロンをつけた彼女は、どうやらアルバイトらしい。

『なにかお探しですか?』

そう言う彼女に、

『見慣れないサボテンがあったから』

そう答えると、彼女は本当にうれしそうに笑った。

『サボテン、お好きなんですか?』

笑顔で尋ねる彼女に、僕も笑顔で頷いた。

『私も好きなんです』

目を細めて笑ったその顔から目が離せずに、僕は彼女を見つめた。

それが始まり。

毎日、店先で足を止めて彼女を探す。

彼女が居なかった日は、少しがっかりして。

彼女が居た日は、笑顔を交わして。

彼女が何歳なのか。どこに住んでいるのか。

彼女がその花屋でアルバイトをしているってこと以外、何も知らないままだけど。

一歩踏み越えるきっかけがなかなか掴めなくて――――――













その日、学校から急いで帰りジーパンとTシャツに着替えた私は自転車に乗り、バイト先である花屋へと急いだ。

エプロンをして裏口から店内へ駆け込むと、店先で立ち止まる男の子が目に入った。

『なにかお探しですか?』

店頭に置かれたサボテンに釘付けになっている彼には愚問だとも思ったけど、

『見慣れないサボテンがあったから』

そう答えた彼が、うれしそうに笑うから、

『サボテン、お好きなんですか?』

少しワクワクしながら、そう聞いた。

彼が頷くであろうことはわかっていたし、わざわざ聞く必要は無いんじゃないか、とも思ったけど。

いつもよりも少しだけ饒舌になってしまうのは、愛しそうにサボテンを見つめていた横顔に胸が疼いたから。

彼は私の言葉に、予想通り・・・・・・いや、予想よりもずっとうれしそうな顔で頷いた。


『私も好きなんです』


平静を装って笑顔を浮かべるけど、スピードを上げた心音はしばらく落ち着きそうになかった。

それからは毎日・・・・・・シフトの入っている日は毎日、用も無いのに店先で視線を彷徨わせて。

彼が通りかかったら、なるべく不自然にならないように笑顔で挨拶をして。

会えなかった日は、落ちっぱなしの肩で自転車を引っ張りながら帰る。

ただ、会いたくて。

顔が見たくて。

バイト先以外に接点の無い彼への片思いは、軽症から重症へと変わっていくのに。

まだ、距離が縮まらないまま。

道端で、笑顔で挨拶を交わす。

ただ、それだけ。










時計の針が9時を回って、僕は立ち上がるかどうするか、少し迷いながら窓の外を眺めた。

夜の街の雑居ビルで、唯一アルコールではなくコーヒーと紅茶だけを扱う店。

店内にはいつもボリュームを抑えたジャズが流れていて、何時間居ても同じ曲がかかることが無いのが少し不思議だった。

大きな窓際の小さな2人席は、僕のお気に入りの場所。

お気に入りの場所で、お気に入りの紅茶を飲んでいると、いつもよりも時間が経つのが早く感じる。

僕はティーカップに一口分だけ残った紅茶を飲み干すと、刻々と針を進める時計を見つつ席を立った。










店を出て狭い通路を歩いていると、曲がり角から小走りに駆けてきた女の子とぶつかった。

「あ、すいませんっ」

顔まで隠すほどの大きな花束を抱えたその子が、花束の横から顔を出した。

「あれ?さん?」

僕が声をかけると、彼女は余程驚いたのか、目を丸くして口を開いた。

「こ、こんばんは」

「配達?」

花束を指差してそう聞くと、彼女はコクンと頷いた。

「そこのお店、貸切で誕生日パーティーしてるみたいで」

そこのお店、と指差された方向を見ると、僕が今さっき出てきた扉の隣に『フォーチュンローズ』という看板のかかった扉が目に入った。

看板の下には『本日貸切』と書かれた紙が貼ってある。

僕が「お疲れ」と言うと、彼女はペコン、と頭を下げてその扉の中へ消えていった。

その後ろ姿を見送って、彼女が飛び出して来た曲がり角を曲がると、エレベーターホールに出る。


9階建てのこの雑居ビルにはエレベーターが1機しか無い。

だから。


下向き矢印の付いたボタンを押さないで――――――――

不自然じゃないよね?

ここのエレベーターは、中々来ないことで有名だから。

少しだけ。

彼女が消えていったあの扉が・・・・・・・・・再び開く音が聞こえるまで。










後ろ髪を引かれる思いで入った店内。

「お待たせしましたー」

そう言って、目が合った店員さんに花束を渡すと、私はエプロンのポケットから領収書を取り出した。

「おいくらですか?」

店の奥から出てきた別の店員さんがレジの前に立って、そう聞いてきた。

「こちらになります」

私はレジの前まで足を進めると、その店員さんに領収書を見せた。



早く、早く―――――――

エレベーターが着く前に―――――――



私は意識していないと貧乏ゆすりを始めてしまいそうな足を、必死にこらえて笑顔を作っていた。

「ちょうどいただきます。ありがとうございました」

目の前にやっと出されたお札と小銭を手に頭を下げると、私は店を出るために扉の方を向いた。

「あ、ちょっと待って!」

扉に手をかけた瞬間呼び止められて、私が少し苛立ちながら振り返ると、笑顔を浮かべた店員さんが何かを手に近づいてきた。

「コレ、来週の開店1周年パーティーで配るヤツなんだけど、よかったら持っていって」

そう言って手渡されたのは、『フォーチュンローズ』。

「え・・・・・・、いいんですか?」

試験管に入った指の先ほどの大きさしかないそのバラの蕾は、ピンク色のジェルに茎の根元を浸して今にも咲きそうに綻んでいた。

「もちろん。ていうかね、実は仕入れすぎちゃって・・・それに、蕾のまま配りたかったんだけど、これ今にも咲きそうでしょ?」

だから、よかったら持っていって、と言って笑う彼女に、

「ありがとうございます」

私は笑顔でお礼を言って店を出た。


フォーチュンローズは映画『美女と野獣』の運命のバラをモチーフに作られた、小さな小さなバラ。

私はその試験管を握り締めて、小さな蕾にどこか励まされるような気持ちでエレベーターホールを目指した。












エレベーターの前で一人、逸る心を抑えて。

5分ほどそうしていただろうか。

扉の開く音と共に、彼女の声が聞こえた。


咄嗟に下向き矢印の付いたボタンを押して、早まる心音を決して君に悟られないように―――――――

不自然にならない程度に、神経を彼女が来る方向へ傾けて・・・・・・

手に持った試験管を見つめながら曲がり角を曲がって来た彼女に、笑顔を向けた。

「困っちゃうよね、エレベーター・・・・・・まだ、来ないんだ」











私は早足になってしまいそうな気持ちを抑えて、エレベーターホールへ向かった。

まだ居ますように―――――――

試験管の中のバラを祈るように見つめて、エレベーターホールへと続く曲がり角を曲がった。











「困っちゃうよね、エレベーター・・・・・・まだ、来ないんだ」


私を見つけて、彼が口を開いた。

「なかなか来ない、って有名らしいですよ。ここのエレベーター」


「そのバラ、どうしたの?」

私の言葉に目元を緩めて微笑んだ彼が、試験管を指差して興味深げに言った。

「さっきのお店でもらったんです。フォーチュンローズって言うんですよ」

「あぁ、店名と同じ名前のバラなんだ」

私の言葉から素早く意味を悟り、バラを見つめる彼の目はとても優しい色をしていた。

「『運命のバラ』、だよね?」

『美女と野獣』の、と言った彼に、私は緩む頬を抑え切れなかった。

「よくご存知ですね」

「好きなんだ、あの映画」

彼のその言葉に、私は弾む心を隠せずに口を開いた。

「私も!ラストシーンが、特に」


魔女の呪いで野獣へと姿を変えられた、王子様。

21歳の誕生日。その日までに誰かを愛し、愛されるようにならなければ、人間の姿に戻れなくなってしまう。

21歳の誕生日。運命のバラが散るまでに――――――

日々、散りゆくバラが野獣を落胆させる。

だけど野獣は、愛する人に愛され人間の姿に戻ることよりも、愛する人の幸せを願いヒロインを自分の城から解放した。

想い合う二人なのに、それをうまく言葉にできないまま、野獣は21歳の誕生日を迎える。

そして、ラストシーン・・・・・・・・・・・・バラの花びらの最後の一枚が落ちようとした時、二人は想いを確認しあい口付けを交わす。

野獣は人間に戻って、そしてヒロインを抱きしめた。










「私も!ラストシーンが、特に。いつも切なくて泣いちゃうんです」


そう言って照れくさそうに笑った彼女に、僕は想いが込み上げてくるのを感じた。

「僕も・・・・・・ラストシーンが一番好きだよ」

愛しくてたまらない。そう想っているのに、伝える術が見つからない。

君を好きになってから、その古いビデオを、擦り切れるくらい何度も見たよ。

あのラストシーンを見るたびに、いつかきっと、って勇気が持てるんだ。

だけど、今―――――――『いつか、きっと』じゃなく、君に想いを伝えたい。

君は、どんな顔をするだろう。

困るかな?

だけど、もう少し距離が縮まってから、なんて言っていられないくらい・・・・・・そのくらい、好きなんだ。

「ねぇ、さんて、下の名前はなんていうの?」

突然そう聞いた僕に、彼女は少し驚いたように顔を上げて、

そして・・・・・・僕が見惚れずにはいられないような綺麗な笑顔で口を開いた。

、です」

「下の名前で呼んでいい?」

僕の言葉に頬を少し赤らめた彼女が頷いたその時、エレベーターの扉が軽快な音を響かせて開いた。

そして、赤くなった頬を隠すように先に乗り込んだ彼女の背中を見つめて、

「好きなんだ」

僕は、告げた。

「君のことが」

この想いを。











「好きなんだ、君のことが」

乗り込んだエレベーターの中。

その言葉に振り返ると、あの日サボテンを見つめていた時と・・・・・・・・その時と同じくらい、優しい色に染まった彼の視線とぶつかった。

黙ったまま見つめてくるその瞳に、何も言えず呆然としていると、エレベーターの扉が閉まり始めた。

それでも動こうとしない彼に、私は慌ててボタンを押して扉を開けた。

「開けてくれたってことは・・・・・・・・・期待しても、いいんだよね?」

彼が、エレベーターの中に足を踏み入れながら私にそう聞いた。

キレイな顔を柔らかく綻ばせて笑う彼は、まるで童話に出てくる王子様のようだ。

夢みたいにキレイな彼が、夢みたいな言葉をくれた。

だから、呆然としてしまった。

そして今、口を開けばきっと上擦った声しか出ない。

喉が、震えて。

だから・・・・・・・・・・・・・・・・・・私も伝えたいのに、


『ずっと、好きでした』って―――――――











緩く下降していくエレベーターの中で、揺れる彼女の瞳を見つめていた。

「ご、ごめんなさい・・・・・・・・・なんか、王子様みたいだから・・・」

緊張しちゃって、と小さく呟いた彼女が俯いた。

『王子様みたい』

自分がそんな風に形容されることに、最近は少し慣れたつもりでいたけど・・・・・・。

彼女の口からその言葉を聞いた途端、僕はあまりの照れくささに耳が赤らむのを感じた。


「王子様じゃなくて・・・・・・・・・野獣かもしれないよ?」

「・・・・・・・え?」

ねぇ、迂闊なお姫様?

密室に僕を招き入れたらどうなるか、なんて考えてなかったでしょ?


噛み付かれたくなかったら―――――――

ねぇ・・・・・・・・・



「そのバラが散る前に・・・・・・・・・・・・・キスで魔法を解いてくれる?」













お待たせいたしました!!
3001のニアピンリクエストありがとうございますvv
周助さん夢です!
周助さんは初挑戦なのですが・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
難しい;汗
難しかったです;汗
ということで・・・・・・お待たせして本当にすいませんでした!!(土下座)
なにはともあれ、ようやく書き上がったので、私の愛を添付して贈らせて頂きますvv
受け取れーぃvv






Kさんから頂いた周助さんドリームvv
しゅ、周助さん!!!(絶叫)
周助さんは難しいと言いつつ書けてるじゃないですかv
ニアピンだったんですが快くリクを引き受けてくださったKさんv
(本当は「書いて書いて」としつこかった)
周助さんが野獣!!!
それでもかまいません!襲ってくださいv(アホ)
エレベーターでこんな素敵なことがあったらいいなーv
なんて想像してしまう素敵な小説、ありがとうございました!!