コン、コン――――――――

フタを閉めた便器の上に座って、指を携帯のボタンの上で素早く滑らせていると、小さなノックの音が狭い個室内に響いた。

「入ってマス。」

私がお決まりの返事を返すと、扉の外が一瞬静まり返った。

が、次の瞬間。

「『入ってマス』、じゃねーんだよっ、コノヤロウッ!!」



          
携帯電話と不機嫌な恋人



事の起こりは一昨年の暮れ。

その日、初詣に出かけるまでの数時間を、私は景吾の部屋で過ごしていた。

何をするわけでもなく、景吾の腕に抱えられてボーっとしていた私が、ふとローテーブルの上に目をやると携帯が小刻みに振動しているのが目に入った。

一緒に居る時に携帯をいじっていると、景吾は途端に不機嫌になる。

だから私は景吾にバレないように、そっと腕を伸ばして携帯を手に取った。

ディスプレイには『メール・・・・・・1件』の表示。

開いてみると、同じクラスの可奈からの明けおメールだった。


『ちょっと早いけど、明けましておめでとう!!』


メールを読み終えて、私は返事を送るために、静かにボタンの上で指を滑らせた。

そして送信ボタンを押した次の瞬間、また携帯が振動しはじめる。

今度は別のクラスメートからだった。

内容は、やっぱり明けおメール。

そして続けざまに他のクラスメート達からもメールが来て、私は忙しく指を動かし続けた。



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・お前」

最後の一通を送信し終えた瞬間、景吾が口を開いた。

「はい?」

「さっきから、なにしてんだよ」

その言葉に、私はギクッ、と体を強張らせた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・なにが?」

静かに携帯を閉じて景吾の真後ろに滑らせると、私は平静を装って少し上にある景吾の顔を見上げた。

「カチカチうるせーんだよ」

振り向きもしないで携帯を見つけ出した景吾が、携帯を手にそう言った。

「今度から、俺と居る時は電源切っとけ」

そう言って手渡された携帯の電源は、すでに切られていた。


なんで?


どうして?


反論したいのは山々だけど・・・・・・


不機嫌になった景吾の扱いにくさは身に染みてわかっているので、とりあえず――――――――――――

今度からはバレないように、もっと上手くやろう。

そして去年の暮れ。

またもや私は、初詣に出かけるまでの数時間を、景吾の部屋で過ごしていた。

神社で待ち合わせよう、と言った私の言葉は、景吾のめんどくせぇ、の一言で却下された。


(そろそろかな・・・・・・・・・?)

私は視界の端で時計の針が23時を回ったことを確認すると立ち上がった。

「ちょっと、トイ・・・・・・」

「あーん?」

語尾をかき消すかのように重なった景吾の声としかめられた眉に、私の心臓が跳ね上がった。

「あ、あの・・・・・・・・・トイレ、行きたいんですけど」

腕を掴んで引き戻された私は、更に腰に回されかけた景吾の腕を必死で押し戻しながらそう言った。

「あぁ・・・・・・・」

じゃあ、と言って背中を向け一気に部屋を出ようとした私は、次の瞬間固まった。

「でも、コレは置いていけ」

首だけで後ろを振り向くと、景吾の右手は私の服の裾から飛び出たクマを・・・・・・・・・・・・どでかいクマの携帯ストラップをしっかりと掴んでいた。

ジーパンに通したベルトに挟んで服の裾でしっかりと隠していたはずが、いつの間にか飛び出ていたらしい。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ハイ」


そしてその後、不機嫌になった景吾に対して「すいません」「もうしません」と、謝り倒すハメになった私は、今度こそ誓った。

来年こそは―――――――絶対にバレないように、もっと上手くやろう。

そして、今年。

どでかいクマのストラップは廃棄済み。

パーカーは腰より下まですっぽりと隠す大きめサイズ。

ジーパンの前部分に携帯を隠し、後ろにはフェイクで生理用品。

やっとの思いでトイレに辿り着き、私はホッと息を吐くと携帯を取り出した。





そして話は冒頭へ戻る。





「は・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・入ってマシタ」

恐る恐る扉を開けると、そこには未だかつて見たこともないくらいに不機嫌な景吾が立っていた。

「『入ってマシタ』、じゃねぇだろ、って言ってるだろ?」

口調は優しげだけど、その声はとてつもなく低い。

「どうしたの、かな?」

なにをそんなに、怒っているの・・・・・・かな?と尋ねると、景吾の眉間に深いシワが刻まれた。

「なにを怒ってるか、って?」

途端に不気味な笑顔を浮かべた景吾に、私は冷や汗がダラダラと背中を滑り落ちていくのを感じた。

「電源、切っとけって言ったよな?」

「け、携帯なんかいじってないよ!ホラ、電源も入ってないでしょ!?」

ジーパンの腹部から携帯を取り出して、ホラ!と突き出した次の瞬間、

「カバンに入れっぱなしになってるはずの携帯が、なんでお前の腹から出てくるんだ?」

私は我に返った。




トイレに行くと言った私に、

『携帯持ってくんじゃねーぞ』

と、言った景吾。

『わかってるって。ホラ、カバンの中にちゃんと入れてくから』

そう言って、カバンの中にしまうフリをして腹部に隠した携帯。




「な、なんでだろうねー・・・・・・ハハ」

おっかしーなー、と笑ってみても、景吾の不機嫌顔はピクリとも動かない。

「30分もトイレにこもってメールなんかしてんじゃねぇよっ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・30分も経ってたのか。

そりゃあ、バレるはずだ。

「だからー・・・・・・・・・その、ちょっとお腹の具合が・・・」

だからメールなんかしてないって、と言った瞬間、景吾の怒りが爆発した。

「てめぇ、ふざけたことばっか言ってっと携帯ごとトイレに流すぞっ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?

「ちょ、ちょっと待って・・・」

ていうか、できるもんならやってみろっ!!と、思わないでもないが・・・・・・・・・・・・・。

「ホントに・・・・・・・・なんでそんなに怒るのかワケわからないんですけどっ」

大きな声を出す景吾につられて、私の声もどんどん大きくなる。

「明けましておめでとう、ってメールに返事返すのが、なんでそんなに悪いワケ!?」

0時を過ぎるとサーバーが混雑するから、みんな日付が変わる前に送ってくるのだ。

つまり、返事も日付が変わる前に送らないと、『送信できませんでした』とか言われて余計に時間がかかる。

「それが1、2件なら何も言わねぇよっ」

「だって、しょうがないでしょ!?大晦日なんだからっ」

明けおメールは、友達の数だけ送信されてくる。

氷帝みたいな生徒数の多い学校に通ってれば、否が応にも友達の数は増えるんだから・・・・・・・・しょうがないじゃないか。

一方的に『電源切っとけ』なんて言われても、聞けるわけない。

だけど・・・・・・・・・。

なんだか、だんだんと悲しくなってきた私が、とりあえず謝ってケンカを終わらせよう、と顔を上げた瞬間、景吾が口を開いた。



「俺は、俺と居る時に携帯ばっかいじってんじゃねぇって言ってんだよっ」


言い終えた後、一瞬の間を置いて、景吾の耳が真っ赤に染まった。

それは、つまり・・・・・・・・・・・・・・・・・。


「ヤキモチ?」


携帯かまってないで俺をかまえ、ってこと?

バツが悪そうに下を向いた景吾の目元までもが赤く染まっているのに気付いて、私は思わず吹き出した。

「てめぇっ・・・・・・・・・・・笑ってんじゃねぇよっ」

顔を上げた景吾が睨みつけてくるけど、目元が赤く染まったままじゃ、迫力なんてゼロだ。


「景吾」


頬が緩みきってしまうほどうれしくて、私は景吾に抱きついた。

「・・・・・・・・・なんだよ」

『女というのは、得てして寂しがりな男に弱い』、ってのはウチの母親の持論。

私も多聞に漏れず、寂しいからかまってほしいなんてオーラを出されると、弱い。


「好きだよ」

携帯なんかより、ずっと。

当たり前でしょ。

そんなの。


「・・・・・・・あぁ」

そんなことわかってる、って言いたげな声に、私はまた少し笑って・・・・・・・・・


そして、しばらくの間、携帯を封印することに決めた。



そう――――――――――しばらくの間は。











バレンタインキッス完投祝い!!
・・・・・・・・・・・・・・・・って、もう1ヵ月以上前のことですが;汗
とにかく、 茜サマ、お疲れサマでしたーvv
ということで、押し付けさせていただきます!
名前変換、意味無し夢!!
書き終わってから名前を1回も呼ばれてないことに気付き、爆笑してしまいました;泣
そして、・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ヤキモチを焼くケゴさんが書きたかったのですが、
何にヤキモチを焼かせるか散々迷ったあげく・・・・・・携帯に;
ハハ・・・・・・・ど、どうか、広い心で。

       2005. 3.22   K








Kさんからいただきましたバレキス完投お祝い夢でした!
景吾にヤキモチやいてほしい!とお願いしていたのでvv
そういえば名前変換されてないことに今気づきましたよ(笑)
まさか携帯にヤキモチを焼かせるとは思ってませんでした☆
素敵な夢ありがとうございましたvv
やっぱり私も・・・・書かなきゃダメですよね〜・・・??
とりあえずバレキスお疲れ様でしたv
また企画やりましょうね(^o^)