2月下旬


寒い季節が苦手な私には、これからの季節がいつもなら待ち遠しくてしかたがない

だけど今年だけは、きてほしくなかったこの季節・・・・・








     
幸せな瞬間








まだまだ寒い日が続くけど、時折、暖かい風も吹くようになった

校門の前にたくさん並んでいる桜の木の蕾が膨らみはじめ、だんだんと春は近づいてくる


バレンタインという行事も落ち着いてすぐ、また大きな行事が待っている

全校生徒がこの広い体育館に集まっての練習

今の時期にすることといえば1つ

卒業式の予行練習



私は練習なんてしたくなくて、屋上でサボっていた

だって、見たくない お祝いなんてしたくないよ

卒業しちゃったら、もう今までみたいに一緒に登下校したりできない

学校で話をしたりすることもできない

こんな気持ちで景吾の事を見送る事なんてできないよ

誰もいない広い屋上の真ん中で座り込んだ


ほんの少し肌寒さが残る春に景吾は新しい道へと進む

私はあと1年、高校生活が残ってる

一緒に卒業することは出来ない

春は好きだけど・・・・・嫌い



上を見上げれば、視界いっぱいに広がる空

青く澄んだ空

確か景吾と初めて逢ったのも、こんな日だった気がする―――










初めて景吾と会った時は、まだ桜が舞っていた

外部受験で入学した私にとっては氷帝学園高等部という所はどんなところか、楽しみでしかたなかった

桜の独特の香りの中で見た校舎はとても大きく感じた

校舎だけじゃない

制服だってテニスコートさえも・・・・全てが大きく感じていた




そんな中、これから通うことになる校舎を見回っている時に、外から女の子達の黄色い悲鳴が聞こえてきた

なんだろう・・・?と窓から外を覗くと、私の視界に映ったのは、テニスコートと景吾の姿

かっこいいとは思ったけど、そのときはテニスをしている姿がかっこいいと思った

それ以上でもそれ以下でもなく、ただテニスをする姿がかっこいいと思った


「ゲームセット!ウォンバイ跡部!6−0」


跡部・・・・・跡部って言うんだ

そのとき、ふっ と跡部君が上を見上げて、視線がぶつかった

一瞬の出来事


そして、それが私と景吾の出逢いだった




私はもともとテニスが好きだったし、前から決めていたから、テニス部のマネージャーになった

そんな中、景吾と付き合いだしたのは私が高校2年に上がろうとしていた時

学年は違うけど、普段から喋る事が多かった私達

けどまさか付き合うとは、当時思ってもいなかった


「俺と付き合え。」そう言い出したのは景吾の方

最初は冗談かと思ったけど、本気だって分かって

そんな景吾にだんだん惹かれていく自分がいて


今ではきっと、私の方が景吾が好きで好きでたまらない

もうこれ以上に、他の人を好きになる事なんていないと思うくらいに

この気持ちは嘘じゃないから




そしてまたこの季節がやってくる

あなたと出逢ったこの季節

だけど、とっても悲しいよ

だって今度は出逢いじゃなくて、別れの季節になるから・・・・・・






















帰り道


景吾と付き合うようになってから、景吾は毎日私を家まで送ってくれる

きっと景吾の頭の中には卒業の事しか頭にないんだろうな

なるべく私はその話題には触れたくなくて・・・・・景吾とどう接していいのかわからない

”卒業”この言葉を口にしたくなかった


「お前、今日の予行練習もサボってただろ?」

「・・・バレてた?」

「分かるに決まってんだろ。この前の練習の時もサボりやがって。」

「・・・・・・・」

だって、景吾が卒業する所なんて見たくないんだもん

なんて本人に言えるわけない

だからそのまま黙っていた

帰り道、黙っていても景吾はいつも私の手を握ってくれる

それが当たり前のようになって

景吾から離れたくなくて


「明日・・・・・・・・・」

「明日?明日卒業式だな。」

「何だか寂しいな」

「そうか?」


景吾は寂しくないの・・・・?

どうしてそんな平然としてられるの?

私は寂しいよ

寂しくてたまらない

その上、学校では逢えなくなっちゃうのに・・・・・・

1日1日大切な時間が過ぎていく

卒業式だからといって、景吾との一生の別れでもないくせに・・・・・

でも確実に何かが変わる

また大人になる景吾

だけど、私はまだ高校生のまま

それだけでも景吾が遠い人のように思えちゃう・・・・・










「卒業・・・・・しないで?」

俯きながら、気づけばこんな言葉を口走ってしまった

その言葉に一瞬戸惑いながら、でも少し呆れたような顔をしながら

「無理言うな。」

景吾はそう答えた



そんなの分かってる

分かってるけど・・・・・・

景吾がいない学校はつまらない

景吾と一緒に過ごさなければ、私が学校へ来る意味がない

高等部と大学部の校舎は隣なのに、この距離が越えられない

あと1年早く産まれていれば、もっと早く出逢えたかもしれないのに

もしかしたら一緒のクラスになっていたかもしれない

同じクラスになれば新しい発見とかがあったかも

景吾はどんな顔して授業を受けているの?

それすら分からない

もしあと1年早く産まれていれば


景吾と一緒に卒業できたはずなのに・・・・・・・


ずっとずっと一緒にいたい

そう思っていても、歳の差だけは追いつくことができない



俯いたままずっと顔を上げない私に、景吾が声をかけてきた

「そんなに・・・・・・・・いや、何でもない。」

言葉を濁す景吾に首を傾げる

景吾が今までにはっきりと言葉を言わないなんてことなかったから

「・・・・何?気になるよ。」

「今度言う。」

何だろう・・・?

言いづらいこと、なのかな

景吾が濁した言葉に疑問を抱きつつも、これ以上は余計な詮索はしなかった







「ありがとう、送ってくれて。」

「何言ってんだ、今更。」

私の言葉にフッと笑った

それにつられて私も笑う

「それもそうだね。」


。」

「何?」

「卒業式、ちゃんと出ろよ。」

「出るよ。」

「泣くんじゃねぇぞ?」

「・・・・泣かないってば。」

景吾の言葉に顔を膨らませた

でも心の中では今にも泣きそうなほど寂しい

じゃあな と手を軽く上げて家に帰っていく景吾の背中をいつまでも見送っていた

明日は卒業式

ちゃんと「おめでとう」言えるかな・・・・・・・・





















卒業式当日――――


今日は桜が綺麗に舞っていた

まるで、景吾たちが卒業するのを祝っているみたいに

私達が出逢った時も桜が咲いていた

そして今日も・・・・・・・




今日の主役、景吾達3年生が入場してきて私たち在校生は拍手で迎える

そして校長先生の祝辞

式辞 答辞 校歌斉唱

そして仰げば尊しや蛍の光が流れる頃には、在校生の方からも鼻をすする音とかたくさん聞こえてくるようになった

憧れの先輩が卒業するんだろうな・・・・・

私もつられて泣きそうになったけど、ぐっと堪えた

景吾に『泣かないよ』って言ったんだから・・・・・





何とか涙を堪えたまま、卒業式は無事に終わった

急いで景吾を追いかけて校庭の方に向かうけど、校庭はすでに卒業生でいっぱい

一緒に写真撮りあっていたり、抱き合っていたり・・・・・

でもその中に景吾の姿は見当たらない

その時、私の携帯のバイブが鳴った

着信は景吾から


「景吾?今どこに・・・・・・・・」

「すぐに部室に来い。」

「部室って・・・・・・」

私がそう言う前に既に電話は切れていた

どうして部室にいるの?

そんな疑問が浮かぶ前に、足は既に部室に向かっていた









てっきり部室の中にいると思っていたのに、待ちきれなかったのか、部室の前に立っていた

バックにある桜が妙に景吾に合っていて、それだけで鼓動が高鳴った

「景吾っ!」

「遅ぇよ。」

「誰かさんを探して校庭にいたからね。」

「・・・・そうか。」

・・・・何か、いつもの景吾じゃない

いつもなら嫌味の1つでも言おうものなら、絶対に『いい度胸だな、覚悟できてんだろうな、あーん?』

って言われるのに・・・・・・

卒業、するから?


私も何も言わない

景吾も何も言おうとしない

しばらく沈黙が続いた



その時、一陣の風が吹いた

桜の花びらが宙に舞って、楽しかった記憶を呼び起こす

景吾と過ごしたたくさんの記憶を

舞い落ちてきた桜の花びらに、私の想いを乗せて・・・・・・


「おめでとう」


この一言が言えたなら・・・・・・

口にだすと、景吾が私から離れていっちゃいそうで、不安で不安で・・・・・・





「・・・・景吾、嬉しそうだね。」

いつもよりも表情が穏やかな景吾に首を傾げた

「あ?・・・・あぁ、まぁな。これで高校卒業できるしな。」

その言葉に、私はどんどん落ち込んでいく

必死で『おめでとう』を伝えようと思ったのに

喉まで出かかった言葉をまた飲み込んだ

「高校卒業するのが、そんなに嬉しいの?もう一緒の学校通えなくなるのに・・・・・・」

「何だ、お前そんなこと思ってたのかよ。」

「・・・・・・どうして景吾と同い年じゃなかったんだろう。 そうすれば、もっと一緒にいられたのに・・・っ!」

本人を目の前にして、自分の気持ちを言っていたら涙がまた溢れてきた

今度は拭っても拭っても止まってくれなくて、堪え切れなかった涙が頬に伝った

「怖いんだもん。景吾すごく人気あるから・・・・・」

不安で不安で・・・・

ただでさえ傍にいられないのに、景吾は女の子達にすごい人気あるから

いつか捨てられちゃうんじゃないか・・・・って

そればっかりが頭の中をくるくる回る




そんな時、景吾が思いもよらない言葉をかけてきた

「何も心配なのはだけじゃねぇんだぜ?」

「・・・・へっ?」

心配なのは私だけじゃない・・・・・って?

景吾も大学生活が不安なの?

そんなことを考えて、その考えは一瞬で消え去った

それはないよね、景吾に限って・・・・・・


「今日は俺の卒業式だけど、俺はこの日が来るのをずっと待っていた。」

「どういう、意味?」

「今日、どうしてもに言わなきゃいけねぇ事があるんだ。」

「何?」

言わなきゃいけないこと?

もしかして、別れよう・・・とかそういうの、かな

そんなこと言われたら、私きっと生きていけないよ・・・・・・

だけど、景吾が口にしたのは、私の考えとはかけ離れた言葉だった




「・・・ずっと俺の傍にいろよ。」

「・・・・えっ?」

「だから、そんなに心配なら俺の傍にずっといろ って言ったんだよ。」

これだけ言っても意味分からねぇのかよ って言う景吾が少し照れたような顔つきをしていた

こんな顔は初めて見るかもしれない

付き合うようになってから、私だけに見せてくれた顔

「景吾?」

それって・・・・・・・

トクントクン と鼓動が早くなっていく


私の左手を取って、薬指に小さく口付けをした

そして景吾の口がゆっくりと開いた



「俺と・・・・・・結婚してくれ。」



まさか景吾がそんなことを言ってくれると思ってなくて

一回止まった涙がまた溢れ出した

「う、そ・・・でしょ?本当に?」

「嘘でこんなこと、言うかよ。

 ・・・それで?お前の返事、聞いてねぇんだけど、どうなんだ? ま、お前に拒否権はねぇけどよ。」

そう言った景吾の顔はいつもの表情に戻っていた

いつものように口の端を吊り上げながら・・・・・・


そんなの答えなんて1つしかないじゃない

私の全てが景吾を好きだと言っている

私の全てが景吾を求めている

私には景吾しかいないの

景吾がいなかったら、もう生きていけないよ・・・・・・・


「景吾、愛してるよ。」


その言葉と同時に私を抱きしめてくれた

いつものように優しく抱きしめてくれているのに、いつものように景吾の温もりが伝わっているのに

今日はいつもと少し違った気がした

景吾が少し大人になったからかな


また一瞬強い風が吹いて、そのせいで桜の花びらが散ってくる

それがフラワーシャワーに見えて、まるで私達を祝福してくれているのかと思った



「景吾・・・・・」

「あん?」

「卒業、おめでとう。」

「・・・・・あぁ。」



やっと言えたこの言葉

もう大丈夫 

寂しいのは私だけじゃないって分かったから

景吾にたくさんの愛をもらったから


たった1人のあなたと出逢えたこの奇跡

これは偶然じゃなくて、運命だったんだね



景吾・・・・・・愛してるよ

      ずっと一緒にいようね――――
















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初めての景吾プロポドリでした〜!!

卒業シーズンということで・・・・・

卒業する皆様、おめでとうございますvv

周助さんで書くか、景吾で書くか迷ったんですが、景吾にしました☆


 2005.03.06  茜