ネクタイ
「おい、。」
放課後の部活が終わっても、マネージャーの仕事は続く
テニスボールを片付けたり、部誌を書いたりいろいろすることがある
今も、部活の前に干していたタオルなどを取り込んで部室でたたんでいた
部活が終わっても仕事が残ってるからいつもは私が最後まで部室に残ってるんだけど、今日は何故か跡部もいた
さっき監督に呼び出されていたからかな
跡部の声には気づいていたけど、そのまま無視して洗濯物をたたみ続けていた
しばらくしても反応がないのに苛立ったのか、さっきよりも少し声を大きくして話しかけてきた
「聞いてるのかよ。」
そんな大声出さなくても聞こえてますよ
今部室には私と跡部しかいないんだから・・・と、心の中で小さくため息をついてから返事をした
「・・・・・何よ。」
「これ」
『これ』と言われると同時に目の前に差し出されたのは、ネクタイ
・・・・・・これを私にどうしろ と?
受け取る事もせずに黙っていると、跡部は後ろにあったソファーに座ってまた一言、私に告げた
「結べよ。」
・・・・・は?
一瞬、跡部が何を言ってるのか分からずに、間の抜けた声をあげた
偉そうにふかふかのソファーに身を沈めている跡部を睨むように見てから、『結べ』と命令口調で差し出されたネクタイを見つめる
・・・何で私が結ばなきゃいけないの?
まさか跡部のやつ・・・・・
「ネクタイも結べないの?」
ちょっと小馬鹿にしたような言い方をしたのが気に入らなかったのか、小さく舌打ちしているのが聞こえた
「俺様を誰だと思ってやがんだ、あーん?」
「何様俺様跡部様ですね。」
「てめぇ、馬鹿にしてんのか?」
えぇ、してますとも
ネクタイも結べないような男を馬鹿にしないで、他の誰を馬鹿にしたらいいのよ
と言いたかったけど、言ったらますます不機嫌度が増して怖いので、今の言葉は心の中にしまっておいた
「・・・・別に。・・・じゃあ自分でやればいいじゃない。私忙しいの。」
アンタと違ってね
とは言わなかったが、見て分からないの?
山のようにある洗濯物をたたんだら、机の上に置かれている部誌も書かなきゃいけない
ネクタイを結ぶ間に、洗濯物を何枚たためると思ってるのよ
話してられない と、跡部に完全に背を向けて、また洗濯物をたたみ始めた
そしたら跡部が歩いてくる音が聞こえてきて、それでもかまう事なく無視していたら、私の目の前でしゃがみこんだ
嫌でも目線が跡部の方に向く
「いいからやってみろよ。・・・・・それともチャンはネクタイ1つ結べないのか?」
今度は跡部が私を馬鹿にするような口調に、怒ったように跡部の手からネクタイを奪いとった
「馬鹿にしないでよね。ネクタイの1つくらい私にだって結べるわよ。」
「へぇ・・・・お手並み拝見といこうじゃねぇの。」
この顔は完璧に人を馬鹿にしている顔だ・・・・鼻で笑われたし
また偉そうに立っている跡部の目の前に立ってネクタイを首に回した
そのまま首でも絞めてやろうかな・・・・
とも思ったけど(かなりマジで)後が怖いので、大人しく結び始めた
とこまではよかったんだけど・・・・・・・
「あ、あれ?」
「おい、どうしたんだよ。さっきまでの勢いは。」
実はネクタイなんてあんまり結んだことない
うちの制服は男女共にネクタイ着用だけど、普段ははどっちでもいいから、たまにしかつけない
まして自分のやるのと相手のをやってあげるのとでは全然違う
それを見透かしたように、勝ち誇ったような顔をしてくる跡部
「うるさいな、人にやってあげたことなんてないんだから向き合ってやると、よく分からなくなっちゃうのよ。」
「今更言い訳かよ。」
「ちょっと待って。」
そう言って、向き合ってネクタイを結んでいた手を止めた
そして、さっきまで跡部が偉そうに座っていたソファーの前まで歩いて、わけがわからないといった顔つきの跡部を手招く
「ちょっと跡部、ここ座って。」
「あーん?俺様に命令すんのかよ。」
「いいから座って。」
「・・・チッ」
こうなったら何が何でもネクタイ結んでやる〜
半分ヤケになっていた私は、座っていた跡部の後ろに回りこみ、後ろからネクタイを結ぼうと試みた
最初からこうすればよかったんだよね
これならいつも自分で練習しているのと同じようにすれば、きっと結べるだろうし・・・・・・
と、ネクタイを結ぶのに夢中になっていたら、跡部が足を組み替えて偉そうに私の方を見た
「おい・・・・」
「何よ、今結んでるんだから・・・・・・」
「随分大胆だな、お前。」
口の端を持ち上げて意味深な言葉を言ってきた
・・・は?
ネクタイ結んでるのが大胆なの?
しかもアンタが結べって言ったんじゃない
と、ふと横にあった鏡が、今の私と跡部の状況を映し出していた
その状況とは
座っている跡部に私が後ろから抱きついている・・・・・・
私は全然そんな事をしてるつもりはないんだけど、傍から見ると絶対にそう見える
その瞬間、私の顔はみるみる赤くなっていった
「アンタ・・・・ワザとこんなことさせたわね!」
「今頃気づいたのかよ。」
普通すぐに気づくだろ・・・ってため息交じりに言う跡部に 普通気づかないわよ!と心の中で叫んだ
まさか私が結べないっていうのも最初から知ってたのね
「跡部が・・・ネクタイ結べって言うから・・・・・・」
「それで?これで完成かよ。」
中途半端に結ばれたネクタイを掴んで私に見せてくる
跡部の真意に気づいた今となっては、ネクタイなんて結んであげられる状態じゃない
まだ心臓がバクバクしているくらいなんだもん
「もう知らない!自分でやって」
「・・・お前本当は結べねぇんだろ?」
投げやりにそう言い捨てると、跡部が確信つくかのようにそう言ってきた
その言葉に更に顔を真っ赤にして反撃する
「何で・・・・そんなこと分かるのよ?」
「さっき教室で騒いでたじゃねぇか。」
・・・・・教室で?
そう言われて、頭の中で今日あった事を思い出す
・・・・そう言えば・・・・・・
『ー、またネクタイしてないの?』
『うん。ちゃん結んで〜』
『しょうがないなぁ・・・・毎回そんなので大丈夫?』
『何が?』
『将来結婚した時に旦那様にネクタイ結んであげるのが夢って言ってたじゃない。』
『あ・・・・大丈夫。結婚するまでに何とか結べるようになるから。』
『・・・・だといいけどね』
昼休みにちゃんとご飯を食べていた時、そんな会話してたような・・・・・
「聞いてたの?あの会話・・・・・」
「あんな大声で聞くなって方が無理。」
別に大声で喋ってなかった・・・はず
「だったらどうして私にネクタイなんて結ばせようなんて思ったのよ。」
「そんなことも分からねぇのか?」
分からないから聞いてるのよ
と 思っていると それを読み取ったのか、跡部が一歩近づいてきたので、反射的に一歩引いた
そしてまたネクタイを差し出してきた
「俺が練習代わりになってやる。」
「何が?」
「ネクタイ。結べるようになりたいんだろ?」
「まぁ、確かに・・・・だけど自分のも結べないのに、どうして跡部のを私が結ばなきゃいけないのよ。」
正論だと思った
最初は出来る なんて見栄をはってみたけど、結局自分のさえ結べない
なのに、いくら練習だからといっても、どうして跡部のを結ばなきゃいけないんだろう
しかも跡部なんかで練習したら、その後が怖い・・・・
『俺のネクタイ結ばせてやっただろうが。』とか言ってきそうそうで・・・・・・
「将来は相手のネクタイを結びたいんだろ?だったら自分のが結べたって意味ねぇじゃねぇか。」
「それも、そうだけど・・・・・」
「それに」
だけどなぁ・・・と躊躇っていると跡部が、また鼻で笑って話を付け加えた
「俺様のネクタイを結べるんだ。ありがたく思えよ。」
「偉そう・・・・・・・・」
「何か文句でもあるのかよ?」
「別に跡部のを結ばなくても忍足君でもいいじゃない。忍足君なら優しく教えてくれそうだし・・・・・」
跡部がどういう反応するのか とワザとこんな事を言ってみた
と、跡部を見ると眉間にしわを寄せ、見るからに不機嫌な跡部様がいました
怖っ・・・・・・・・・
そんな跡部を見て、一歩引くと、何故か手を掴まれ引き戻された
いきなりのことに足がよろけて跡部の方へ抱きつく感じになってしまった
せっかく収まってきた鼓動がまた早くなった
とにかく跡部から離れようと両手で跡部の身体を押そうとしたら、それより前に跡部が私を抱きしめてきた
「ち、ちょっと跡部・・・・!?」
何するの? と声をあげようとした私に、優しい顔で見つめられた
さっきまで不機嫌そうな顔してたのに・・・・・・今の跡部は今まで見たことないくらい優しい顔をしていた
そんな跡部の表情を見て、思わず見とれてしまった
「は俺のを結んでればいいんだよ。他の奴のなんか結ぶんじゃねぇ。
例えそれが練習でも だ。分かったな?」
「やっぱり偉そう・・・・・」
「これからいつでも結ばせてやるぜ?毎日な。」
今はその意味には気づかず、ただ顔を赤くしながら首を縦に振って返事をした
そんな私にまた跡部は小さく笑った
抱きしめられている腕はそのままで・・・・・・・
だけど、それが今ではすごく心地よかった
跡部が言った意味に気づくのは、数日後の話――――
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・・・・・跡部好きさん、ゴメンナサイ
ちょっと魔が差したというか、何と言うか・・・・・ゴメンナサイ
でも、景吾大好きですv愛してますvv (ハイハイ)
100のお題 : 5「ネクタイ」
2005年 4月 8日 茜